銅版画(エングレーヴィング)の最初期を代表する画家・版画家。一族はおそらくアウグスブルクの南方にあるショーンガウ出身と思われています。金工師の息子で、コルマール(北フランス)に生まれ、同地で活躍、ブライザッハ(またはコルマール)で没す。
少数の絵画−コルマールのサン・マルタン教会に「薔薇垣の聖母子」がある−のほか、50点ほどの素描と116点の版画が現存しており、版画にはM+Sを組み合わせたモノグラム(署名)があります。デューラーがまだ若く、版画の修業を行っていた頃、このショーンガウアーに師事しようとして訪ねますが、会えなかったというのは有名な話です。(おそらくは当時流行したペストですでに他界。)ショーンガウアーの優美でしかも堅牢な線は、デューラーに引き継がれています。
なお、ショーンガウアーやデューラー、クリストーファノ・ロベッタなど、当時の銅版画家の多くが金工師の出身ですが、これはエングレーヴィング(ノミで金属版を彫る)という作業には修練が必要であり、幼い頃からそうした環境や修業を受けた金工師の息子という事情を考えると、ある意味では当然といえましょう。
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