初期木版画の時代 1400-1420年頃 |
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木版画、手彩色、 13.6x19,7cm |
「聖なる心臓」 木版画、手彩色、切り込みあり、7.4x6.1cm |
なぜだろう・本当かなぁ
木版画として西洋版画が始まったのが15世紀初め頃。では、何故それまで版画がなかったのでしょう?
1400年頃というと日本の室町時代。金閣寺が出来た頃です。昔といえばそうだけど、すごく古いというわけでもない。意外と新しいのではないか という疑問を持つ方もいらっしゃるでしょう。例えば、日本で世界最古の印刷物の一つといわれる百万塔陀羅尼(ひゃくまんとう だらに)という木版印刷によるお経が出来たのが8世紀半ば奈良時代・孝謙天皇の時代。これに対しヨーロッパの版画はそれよりも、6-700年も後のことですから。
では それまで 何故版画がなかったのか。 その最大の理由は「紙」にあります。
大まかに述べると、紙はその発祥の地=中国から、タラス河畔の戦い(751年)を経てイスラム世界に伝わり、12世紀になりスペインへ、12世紀末にフランスに、13世紀末にはイタリア、そして14世紀末(1391年)には南ドイツのニュルンベルクにそれぞれ製紙工場が出来、紙は書物の需要に伴って広がっていきました。ですから、紙がヨーロッパで本格的に普及し始めたのは15世紀になってからで、その頃になってやっと版画の歴史が始まったということになります。なお、紙の原料ですが蔡倫(さいりん=紙の製法を集大成した中国の人)は、紙の原料として麻、ボロ布、魚網を挙げています。しかしヨーロッパの紙は伝統的にボロ布(主に木綿)のを用い、一方日本の紙(和紙)は、樹皮を用いるという違いがあります。製紙原料にボロ布を用いるのは、ヨーロッパ人の発明だとする意見が20世紀の初め頃まであったのですが、最近の研究では、中央アジアのサマルカンドで作った最も古い紙を調べてみるとこれがボロ布(麻)を原料にしたものであったことから、樹の少ないイスラム世界を伝わる内に製紙原料も 入手のしやすさから、早い段階でボロ布になったものと思われています。
製紙原料の違いは主に材料入手のしやすさから来ているということになります。
初期版画は宗教画だけなのでしょうか?
「西洋版画が紙の普及と共に木版画として始まり、また宗教的なものだった。」と書きましたが、本当にそうだったのでしょうか?結論から言うと、「大きな流れとしてはそうだけど、そうでないものもあった」というのが正解です。
例えば13世紀の後半のことですが、パリの石屋さんでは、亡くなった人の顔を墓石に彫るために、幾種類かの版画で作った型紙をあらかじめ用意しておき、それを使っていました。こうした例として、パリの国立図書館・版画室に行くと、15世紀の「聖女イヴェット」が見られるそうです。またイタリアのボローニアでの話ですが、お坊さんが、トランプを作っていた業者に『今後はトランプのキングやクイーンを描く代わりにキリスト像を描きなさい』とお説教した記録が残っています。宗教画ではないトランプなども、版画で作られていたということになります。ただ、この頃のトランプは、高価で、庶民というより王侯貴族の間ではやった遊びでした。
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1400年よりもっと古いものはないの?
初期木版画としては最も古い版木といわれるものが、裏側にされ階段の板に使われている状態でフランス中東部のマコン(Macon)という場所で見つかりました。これをプロタという印刷屋さんが買ったことから、プロタの木版と呼ばれています。研究の結果1370年頃のものだということがわかりました。ただ、残念ながらその当時刷られた版画そのものは残っていません。研究者によっては、祭壇の掛布として布に刷ったのではないかという意見もあり、はっきりはわかりません。1391年にやはりフランスの中東部のディジョン(Dijon)で民衆版画の売り出しの記録が残っていることから、初期版画の最も古いものは1370-80年頃にフランス・ブルゴーニュ地方(その中心地がディジョン)で始まったと言われています。しかし後期百年戦争により、この地方が内戦状態で荒廃し、版画どころではなくなったせいもあり、り1380年頃から1430年頃まで、版画はフランスやフランドルから姿を消します。こうして、政治・宗教の戦いからやや離れた場所にあった南ドイツ(ライン上流地域)で刷られた木版画が、現存する最も古い版画となっています。
もっと調べてみよう
→ 紙の歴史 http://inpaku.washi.ne.jp/
→ 銅版画・石版画の技法 http://www16.cds.ne.jp/~n_hanga/douhan/hanga/hanga_f.html
2002/10/12